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大阪高等裁判所 昭和48年(う)93号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

控訴趣意中、訴訟手続法令違反の論旨について。

所論は、要するに被告人は、昭和四四年一一月一三日大阪総評の主催で佐藤首相訪米抗議、安保廃棄、沖縄奪還一一・一三統一行動が行われた際、その所属する赤ヘルメット着用の共産同盟集団の一員として、北大阪制圧を標榜して大阪市北区南扇町八番地扇町公園に集合したものであるが、(一)、同日午後六時二五分頃右扇町公園および同公園南側道路上において、右赤ヘルメット集団先頭部分の約二〇名の者とともに共同して、同公園南側車道上を通行する自動車および右大会の警備にあたる警察官に対し、火炎びんを投げつけ、身体、財産に危害を加える目的をもつて、多量の火炎びんを携帯して集結し、もつて兇器を準備して集結したとの兇器準備集合罪並びに(二)、右約二〇名の者と共謀のうえ、右日時頃右扇町公園南側歩道上において、おりから同所付近車道上に信号待ちのため停車中の田畑光三ら運転の普通乗用自動車の直近に同車両等を損傷するおそれのある火炎びんを投てきして同車道上で発火炎上させ、同車両等の通行を不能にし、もつて道路を壅塞して往来の妨害を生ぜしめ、かつ威力を示して右田畑ら同車両運転者の自動車運転の業務を妨害したとの道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害罪の本件各公訴事実につき、検察官において、被告人が火炎びんを投てきした右約二〇名の赤ヘルメット集団の一員であり、同集団の者と共同して右兇器準備集合の犯行に及び、さらに右集団の者と共謀して右道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害の犯行に及んだ事実を立証するため、被告人所持にかかる爆竹、同爆竹についての西本一二作成の鑑定結果書の取調べを請求したのに対し、原裁判所は、右爆竹は刑事訴訟法二二〇条一項二号にいう逮捕の現場といいうる合理的な場所的範囲において差押えられたものとはいえず、憲法三五条および刑事訴訟法二二〇条一項二号の規定に違反する手続によつて収集された証拠物であり、しかも重大な違法性が存在する場合に該当するので、これに証拠能力を認めて罪証に供することは、刑事訴訟における適正手続を保障した憲法三一条の趣旨に照らし許されないもので、右爆竹は証拠としての許容性を有しないものであり、右鑑定結果書は右爆竹の鑑定結果を記載した書面で、右爆竹の証拠能力が否定されるべきものである以上その証拠能力も否定されるのは当然であるとし、また本件当時右扇町公園南出入口付近路上で火炎びんを投てきしたのは右約二〇名の赤ヘルメット集団および同集団と同様に右公園に集結していた緑ヘルメットのプロ学同集団の二つだけであつて、しかも爆竹つき火災びんを投てきしたのは右赤ヘルメット集団の者のみであり、本件現場付近で押収した爆竹つき火炎びん、マジック爆弾(びんに爆竹を入れたもの)及び爆竹(びん入り)は、右赤ヘルメット集団の者の遺留物であつて、これらの爆竹類と被告人所持の右爆竹との同一性を立証することによつて、被告人が火炎びんを投てきした右約二〇名の赤ヘルメット集団の一員であり、同集団の者と共謀関係にあつたことを間接的に証明するため、右の爆竹つき火炎びん九本、マジック爆弾(びんに爆竹を入れたもの)二本、爆竹(びん入り)三本並びにこれ等を押収したこと等に関して証人橋本貴紗雄、同疋田国康、同佐々木一郎の各取調べを請求したのに対し、原裁判所は、被告人所持の右爆竹の証拠能力が否定せられるべきことにより、そもそも被告人が爆竹を所持していたとの立証がなされていないのであるから、右各証拠取調請求は無意味であつて証拠としての関連性がないというべきであるとし、さらに本件当日右扇町公園南出入口付近で右約二〇名の赤ヘルメット集団が火炎びんを投てきして交通を阻害した状況、車両被害状況を立証するため、右の状況を撮影したフイルム一巻、右車両の運転者並びに右交通阻害、車両被害状況の目撃者である証人田畑光三、同井上稔、同玉木信市、同秋葉照男、同森宗人、同寺奥晃、同野崎秀夫、同辻博司、同森坂与佐久、同斎藤亮、同牛島留男、同中村正男の各取調べを請求をしたのに対し、原裁判所は、本件公訴事実は被告人を含む右約二〇名を赤ヘルメット集団の火炎びん投てきによつて右交通阻害状況等が発生したというものであるから、その前提として被告人について右赤ヘルメット集団の一員としての共謀の事実が立証されていることを要するところ、右共謀の事実を立証するものがない以上、証拠としての関連性がないとして、それぞれ右各証拠取調べの請求を却下したのであるが、右は証拠の許容性および関連性に関する判断を誤り、当然取調べるべき証拠を取調べなかつた訴訟手続法令違背の違法があり、それが判決に影響を及ぼすものであることが明らかである。というのである。

よつて、検討してみるのに、本件記録によると、検察官から所論主張の立証趣旨のもとに右各証拠物、証拠書類および証人の取調請求がなされ、これに対して弁護人が異議を申し立て、原裁判所は右各証拠の右取調請求につき、所論指摘の如き理由により、いずれもこれを却下する旨の決定をなし、同決定に対する検察官の異議申立も棄却したことが明らかである。

そこで、原裁判所が、検察官の右各証拠の取調請求に対し、これを認容しなかつたことにつき、それが所論主張の如く、証拠の許容性もしくは関連性についての判断を誤り、訴訟手続に関する法令に違反したものであるかどうかについて考察する。

まず、所論主張の被告人所持にかかる爆竹および同爆竹についての西本一二作成の鑑定結果書の取調請求を却下した点について考究してみるのに、原審証人岡田光夫の原審第三回、第四回、第五回および第九回公判調書中の各供述部分、原審証人金本幹雄の原審第七回公判調書中の供述部分、司法巡査岡本光夫作成の捜索差押調書、司法警察員小林九一作成の現場写真撮影状況報告書添付写真一葉(No.8)、原裁判所の検証調書を総合すると、被告人は、昭和四四年一一月一三日午後六時四〇分頃大阪市北区南扇町八番地扇町公園南側出入口付近の歩道上において、司法巡査岡田光夫により本件公訴にかかる兇器準備集合、道路交通法違反罪の現行犯人であるとして逮捕され、同所から公園南側の大阪市道扇町線の巾員約一八米の道路を南方に横断して関西電力扇町営業所北側歩道上に連行されたうえ、同営業所西側の車道上に駐車していたパトカーに乗せられ、約一粁離れた大阪府曾根崎警察署に連行されたこと、そして同警察署内において右岡田光夫が被告人の身体を捜索して、その着用のジャンバの右内ポケットに所持していた右爆竹を差押えたことが認められる。

ところで、憲法三五条は捜索差押についての所謂令状主義を宣言し、ただ同法三三条の場合を例外としているのであるが、その趣旨を受けて刑事訴訟法二二〇条一項二号が、被疑者を逮捕する場合の逮捕の現場における捜索差押については、令状によらないことを許容しているのは、逮捕の場所には被疑事実と関連する証拠物が存在する蓋然性が強く、その捜索差押が逮捕という重大な法益侵害に随伴する処分であることおよび被疑事実が外部的に明白であることのほか、逮捕者の身体の安全をはかり、また被疑者による証拠の散逸や破壊を防止するための緊急の措置として認められたものと解される。従つて右の逮捕の現場というのも右の如き事情の認められる合理的な場所的範囲を指し、通常被疑者を逮捕した場所と直接接続する限られた範囲の空間を意味するものと解するのが相当である。所論は、右の点に関して、刑事訴訟法二二〇条一項二号が逮捕の現場で令状なくして捜索、差押または検証をすることができるとしているのは、令状によることなく、その逮捕に関連して必要な捜索、差押等の強制処分を行なうことを認めても、人権の保障上格別の弊害もなく、かつ捜査上の便宜にも適切なことが考慮されたことに因るもので、右の趣旨からすれば、逮捕の現場とは、逮捕の際の具体的実情等を考慮に入れたある程度幅のある場所的範囲をいうものと合理的に解釈すべきであり、これを逮捕現場およびこれと接着するきわめて限られた場所と解することは、多様かつ動的な捜査を無視している嫌いがあり、本件においはて、被告人を逮捕した場所並びにその付近で被告人所持の右爆竹の捜索差押を完了しなかつたものの、右逮捕の場所付近から右爆竹を所持している被告人をパトカーに乗せて曾根崎警察署まで約一粁足らずの距離をそのまま移動しただけのことであり、時間的にも逮捕時より約七分程度経過しているに過ぎないことに照らすと、右爆竹を右曾根崎警察署に被告人を連行したうえで差押えたことが、もはや右の逮捕の現場における差押にあたらないとするのは、いたずらに法規の形式的解釈にとらわれ、右刑事訴訟法二二〇条一項二号の解釈適用を誤つているものであるというのであるが、被疑者の所持している物については、たとえ被疑者の逮捕された場所を離れたとしても、無令状の捜索、差押を緊急の措置として認めたところの前示の実質的理由が、なお継続している場合がないとはいえず、被疑者の所持品に関しては、右の逮捕の現物という要件を広く解してもよいのではないかと考えられないでもないが、しかし刑事訴訟法二二〇条一項二号が、逮捕の現場と規定しているのは、無令状による捜索、差押を場所的に限定し、令状主義の例外を厳格に制限しようとしたものと解すべきであつて、被疑者の所持品についても必要があれば逮捕した場所において直ちに捜索、差押を行えば、被疑者を警察署に連行するなどその身体を場所的に移動した後においても、かような緊急の状態が継続することはほとんどありえないことであり、被疑者の所持品について格別に逮捕の現場という要件をゆるやかに解する必要はなく、これをゆるやかに解し、あるいは無視することは不当であるというべきである。

そこで、右爆竹が差押えられた場所である曾根崎警察署が逮捕の現場と言い得るだけの合理的な場所的範囲にあたるかどうかについて検討してみるのに、所論は、岡田光夫巡査が被告人を逮捕した場所である扇町公園南出入口付近歩道上は当時赤ヘルメツト集団がいつせいに火炎びんを投てきした直後で混乱していて、被告人を奪還されるおそれがあり、同所より被告人を連行して同公園南側の巾員約一八米の道路を南方に横断した関西電力扇町営業所北側歩道付近においても右同様混乱状態が続いておつて、被告人を奪還されるおそれとともに捜索差押が妨害される危険があり、その場からすみやかに近くの警察署あるいは派出所に被告人を連行すべき必要性があつたのである。また岡田光夫巡査は被告人をパトカーに乗せた直後被告人着用のジャンバーの内ポケットに爆竹を所持していることに気づいて押差する気持はあつたが、右手には被告人から押収したヘルメットとタオルを持ち、左手には被告人に施した手錠の片方を持ち、腰の上に被告人が乗りかかるような姿勢となつていたので自由がきかず、窮屈であつたため右爆竹を差押えることが不可能もしくは著しく困難であつたため、やむをえず曾根崎警察署に到着後に右爆竹の捜索差押をなしたのであつて、右の経緯に照らすと、右岡田光夫巡査は被告人を逮捕して関西電力営業所北側歩道上まで連行した際に捜索を開始し、まず被告人着用のヘルメットとタオルを差押え、同所付近で被告人をパトカーに同乗させたうえ曾根崎警察署に連行した後に被告人が所持していた右爆竹を取り上げて差押えを完了し、右捜索の開始から完了までは、距離にして約一粁足らずであり、時間的にも数分しか経過していないのであるから、右曾根崎警察署で右爆竹を捜索差押したことは、未だ逮捕の現場においてなされたものと解するのを妨げるものではない。なお右岡田光夫巡査が、同人作成の捜索差押調書に右へルメット、タオルの差押場所と、右爆竹の差押場所とを分別することなく、右差押着手の場所である関西電力営業所西側道路上とだけ記載しているのは、右差押着手の場所あるいは差押完了の場所のいずれか一個所を記載すれば足りると考えたためであつて、故意に事実に反する記載をしたものではない、というのであるが、右岡田光夫の原審第三回、第四回、第五回および第九回各公判調査中の各供述部分、同人作成の捜索差押調書等前示各証拠によると、右岡田光夫巡査は右扇町公園南側出入口付近歩道上で被告人を逮捕したが、その時は前記赤ヘルメット集団が火炎びんを投てきした直後であつて、現場が混乱しており、被告人を奪還されるおそれもあつたので、これを避けるためその場では捜索差押ができなかつたということは首肯されるけれども同所から被告人を連行して同公園南側の巾員約一八米の道路を南方に向つて横断した関西電力扇町営業所北側歩道上では、もはや右のような事情があつたものと思料されず、同歩道上には右岡田光夫巡査のほかにも警察官が居つたことが明らかであるから、同歩道上で捜索差押が不可能あるいは著しく困難であつたとは認められない。また関西電力西側車道上に停車していたパトカーに被告人を同乗させた場所で被告人の所持品について捜索、差押ができなかつたという合理的な理由は見当らないといわざるをえない。しかも右岡田光夫巡査は右パトカーの中においてさえも、捜索差押が不可能であつた旨所論の右主張にそう供述をしているけれども、右供述によるも右パトカーの後部座席には同人ともう一人の警察官とで被告人を真中にしてはさむような形で乗車していたもので、もし右爆竹を差押えるつもりであれば、それが不可能あるいは著しく困難であつたとは認められない。そして右岡田光夫巡査作成の捜索差押調書には、被告人着用のヘルメット、タオルおよび右爆竹の全部を、関西電力扇町営業所西側道路上において捜索差押えた旨事実に反する記載がなされているのは、被告人を曾根崎警察署にまで連行したうえでないと右爆竹を差押えることができなかつたという合理的な理由を、同巡査自身が見出しえなかつたことを窺わせるものであることも併せ考察すると右爆竹を曾根崎警察署に至つてから捜索差押をしたことが、刑事訴訟法二二〇条一項二号の逮捕の現場における捜索差押として、合理的範囲においてなされたものとはいえず、右爆竹は憲法三五条、刑事訴訟法二二〇条一項二号に違反する手続によつて収集された証拠物であるといわざるをえない。

ところで、押収された証拠物は、その押収手続に違法があつても、物それ自体の性質や形状に変異を来するものではないから、その形状等に関する証拠としての価値には変わりがなく、収集手続における瑕疵の有無とは関係なく証拠物の証拠能力は認められうるべきであるという所論主張の如き見解も存するけれども、捜索差押令状の形式や記載事項の不備等の形式的な瑕疵で違法性の軽微な場合は別として、本件の場合の如く、憲法三五条並びに刑事訴訟法二二〇条一項二号所定の令状主義とその例外規定に違反して逮捕の現場と認められない場所で令状によらないで捜索差押がなされたという違法性が重大な点に照らすと、右の如き違法な手続によつて収集された証拠物である前記爆竹を被告人の罪証に供することは、刑事訴訟における適正手続を保障した憲法三一条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。

所論は、曾根崎警察署にまで被告人を連行したうえで、右爆竹の捜索差押のなされたことが、刑事訴訟法二二〇条一項二号の逮捕の現場という要件に違背しているとしても、本件においては、その程度は軽微なものであつて、未だ憲法三五条の令状主義に反する違憲な措置とまではいえないもので、右爆竹の証拠物としての許容性は肯認されるべきである、と主張しているが、右違法性の程度が所論の如く軽微なものにすぎないとは到底思料できないことは前示のとおりであるから、右主張は採用できない。

そうすると、右爆竹について、証拠としての許容性を否定した原裁判所の判断が相当である以上、右爆竹についての鑑定結果を記載した西本一二作成の鑑定結果書も、右爆竹が差押えられたことにより作出されたものであるから、右爆竹の証拠能力が否定されるべきであることが明白であり、右鑑定結果書も罪証に供することは許容されないものであると言わざるをえない。

次に、所論主張の、検察官が本件道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害の公訴事実につき、被告人が約二〇名の赤ヘルメット集団の一員として、これ等と共謀のうえ右各犯行に及んだものであることを立証するため取調請求をした前示火炎びん(爆竹つき)九本、マジック爆弾(びんに爆竹を入れたもの)二本、爆竹(びん入り)三本並びに橋本貴紗雄ほか二名の証人の各証拠申請を却下した点について考究してみるのに、前記の如く本件爆竹の証拠能力が否定されるべきものであることにより、被告人がこれを所持していたとの立証がなされていないのであるから、右各証拠の取調請求は無意味であつて証拠としての関連を欠いているものというべきである。

さらに、所論主張の、右道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害の各公訴事実につき、右約二〇名の赤ヘルメット集団が火炎びんを投てきして交通を阻害した状況、車両被害状況等を立証するため取調請求をした前示フイルム一巻、田畑光三ほか一一名の証人の各証拠申請を却下した点について考究してみるのに被告人を含む右約二〇名の赤ヘルメット集団の火炎びん投てきによつて、右交通阻害状況等が発生したというものであるから、その前提として被告人について右赤ヘルメット集団の一員としての共謀の事実が立証されていることを要するところ、右共謀の事実を立証するものがない以上、右各証拠としての関連性がないものというべきである。

よつて、右説示の如く、前示証拠は、証拠としての許容性もしくは関連性を欠いているものであり、右各証拠の取調請求を却下した原裁判所の措置は相当であつて、所論の如くその訴訟手続に法令違背の違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、審理不尽の論旨について。

所論は、原審が前示各証拠を取調べる措置に出なかつたことを前提として審理不尽の違法があるというのであるが、右各証拠は証拠能力が肯認されないものとして取調べなかつた原審の措置が相当であることは前示のとおりであつて、所論の如き審理不尽の違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の論旨について。

所論は、要するに、被告人は昭和四四年一一月一三日大阪総評の主催で佐藤首相訪米抗議、安保廃棄、沖縄奪還一一・一三統一行動が行われた際、北大阪制圧を標榜して大阪市北区扇町公園に集合したものであるが、(一)、同日午後六時二五分右扇町公園および同公園南側道路上において、ほか多数の学生らとともに共同して、同公園南側車道上を通行する自動車および右大会の警備にあたる警察官に対し、火炎びんを投げつけ身体、財産に危害を加える目的をもつて、多量の火炎びんを携帯準備して集結し、もつて兇器を準備して集合したとの兇器準備集合罪並びに(二)、ほか多数の学生らと共謀のうえ、前記日時ごろ同区南扇町八番地扇町公園南側歩道上において、おりから同所付近車道上に信号待ちのため停車中の田畑光三ら運転の普通乗用自動車の直近に同車両等を損傷するおそれのある火炎びんを投てきして同車道上で発火炎上させ、同車両等の通行を不能にし、もつて道路を壅塞して往来の妨害を生ぜしめ、かつ威力を示して右田畑ら同車両運転者の自動車運転の業務を妨害したとの道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害の本件各公訴事実につき、原判決が、右各事実を認めるに足る証拠がなく、その証明がなかつたことに帰するとして、被告人に対して無罪を言い渡したのは、証拠の取捨選択並びにその価値判断を誤つた結果事実を誤認したものである。というのである。

よつて、検討してみるのに、〈証拠〉を総合すると、昭和四四年一一月一三日大阪市北区扇町公園において、総評大阪地評主催により「佐藤首相訪米抗議、安保廃棄、沖縄奪還一一・一三統一行動大阪大会」が開催され、集団行進が行われることになつていたが、これとは別に、同日午後四時ごろからヘルメットを着用した学生と思われる集団が、同公園内のプール東側の広場に集合し始め、午後六時ごろには三、四千名となり、南側から白ヘルメット集団、赤ヘルメット集団、緑ヘルメット集団の順に、それぞれプールに向つて隊縦に並び、各セクトごとに代表者が機動隊を粉砕して北大阪を制圧する旨のアジ演説をしていたこと、そして午後六時一五分ごろ赤ヘルメット集団のうち南側の四列縦隊の約二〇〇名がいつせいに立ち上つて、その先頭部分の約二〇名が、円陣を作るようにして肩を寄せ合い、衣服の下やポケット内に火炎びんを隠すようにして携帯所持したうえ、まもなく、右の約二〇名を先頭にし、旗竿を立てた約二〇〇名の赤ヘルメット集団がその後方に追従してデモ行進を開始し、同公園の南出入口から同公園南側道路の北側歩道上に進出したこと、そして右歩道上を西進し始めた右先頭部分の約二〇名の赤ヘルメット集団は、午後六時二五分ごろ同公園南出入口西側から約九米離れた同歩道上の電話ボックスを通り過ぎた付近で、いつせいに南側の同道路車道上へ約二〇本の火炎びんを投てきして発火炎上させたうえ、その殆んどの者が同公園南側端の右歩道との境の石垣を越えて同公園内に逃げ込んだこと、他方同日情報班員として右赤ヘルメット集団の動向視察の任務を与えられて赴いて来ていた岡田光夫巡査は、右歩道上で右赤ヘルメット集団の右先頭部分の約二〇名に接近し、その中に入り込んだ状態になつたときに、右約二〇名の赤ヘルメット集団による火炎びんのいつせい投てきが行なわれたので、身の危険を感じて前記電話ボックス寄りの方に後退したところ、投てきを終つた右約二〇名の殆んどの者が右の如く同公園内に逃げ込んでしまつたので、もし逃げ遅れている者があれば逮捕するつもりで、右歩道上を少し西方に向い、右電話ボックスの西側約三、四米の付近に来た際、右のいつせい投てきのなされた場所よりやや東側の、同巡査より約一米東側の地点に居つた被告人が、右のいつせい投てきよりやや遅れて車道上へ火炎びんを投てきするのを目撃したということから、同公園へ向つて逃げようとした被告人を追跡し、被告人が数歩走つて前のめりに転倒したところを、背後から飛びかかつて取り押え現行犯人として逮捕したこと、右逮捕の当時被告人はジャンバ、ズボンを着用してズック靴を履き、赤ヘルメットをかぶり、タオルで覆面している服装であつたことが、それぞれ認められる。

ところで、所論は、まず被告人が右公訴事実記載の如く火炎びん投てきしたか否かについて、その唯一の証拠である目撃者の岡田光夫巡査の原審公判廷における供述は、確実なもので作為的なものはなく、前後矛盾した不合理性や不自然性もない十分信用するに価するものであるのに、原判決が、右岡田光夫巡査の右供述は、被告人の右火炎びん投てき行為の有無についての現認が不完全であり、その供述内容は一貫性を欠いて矛盾する点があり信用性に乏しいとして、被告人の右火炎びん投てきの所為を認定するに足る証拠はないとしているのは、明らかに右供述についての証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものであると主張しているので、考究してみるのに、右岡田光夫巡査の原審第三回、第四回および第五回各公判廷における各供述部分を検討すると、その供述は、被告人の右火炎びん投てき行為を現認したという具体的状況としては、同巡査の東側にいた二、三名のうち、約一米位離れて一番近くにいた被告人の手が肩口から前に出るのを見たのと同時位に、右扇町公園南側道路の北側歩車道の境界の柵の約四米先(南方)の車道上で、破裂音とともに一個の火炎びんが発火炎上したのを見たと供述しているだけであつて、投げるにあたつての反動をつける動作や手から火炎びんが離れるところまで目撃したと供述しているわけではない。もつとも同巡査は被告人の動作を終始注目していたものではなく、その動作のすべてを現認していないとしても、そのこと自体不自然とはいえないが、しかし右のような近距離での現認としては、やはり不完全なものというべきであり、このような不完全な現認事実だけで、直ちに被告人の火炎びん投てき行為を認定するのには疑問の余地があり、さらに同巡査の供述内容には、被告人が火炎びんを投てきした動作を目撃した際の同巡査の身体の向きについて、原審第三回公判廷においては車道に向つて南東方向を向いていたと供述していたのが、同第四回公判廷では最初から南東を向いていたのではなくて南を向いていたと変り、さらに同第五回公判廷では身体だけは南を向いていて顔だけを左右に動かしていたと変つてきていること、また被告人が火炎びんを左右いずれの手で投てきしたかについても、原審第三回公判廷では左右いずれの手かはわからないと明確に供述していたのが、同第五回公判廷においては右腕で投てきしたと肯定する供述になり、その根拠を追及されると再び左右いずれかの手かはつきりしないと供述が動揺していること、なお同第三回公判廷では被告人が物を投げた感じがしたと供述していたのが、同第四回公判廷では同巡査の右側にいた二、三名の中から火炎びんが飛んだという感じであつたと供述する等その内容には一貫性を欠いて前後相違する点が少なくなく、これらの事項は被告人の火炎びん投てきに関する同巡査の供述の信用性を判断するについて重要な意味を持つもので、所論の如く単なる表現の差異の程度に過ぎず本質的には変りないものとして看過され得べきものではない。右の供述の動揺はその信用性に疑いを抱かしめる顕著な事由にあたるものというべきであり、同巡査の右供述によつては、未だ被告人の火炎びん投てきの事実を認定するに足りず、他にこれを肯認するに足りる証拠はないので、右主張は採用できない。

次に、所論は、被告人が、前示の如くいつせいに火炎びんを投てきした約二〇名の赤ヘルメット集団の中の一員であることは、これを認めうる直接の証拠は存しないが、被告人が火炎びんを投てきした場所が右約二〇名の赤ヘルメット集団による火炎びんのいつせい投てきの範囲内の場所であること、被告人が火炎びんを投てきした時点は、右約二〇名の赤ヘルメット集団の者とともになした火炎びんいつせい投てきに含まれるものと評価できること、被告人は火炎びん投てき後約二〇名の者とともに逃走を企てたこと、被告人は右約二〇名の赤ヘルメット集団内の後部に位置していたものと思料されること、右約二〇名が投てきした火炎びんは爆竹つきのものであるところ被告人は爆竹を所持していたこと、被告人は右約二〇名の赤ヘルメット集団の者と同じ赤ヘルメットを着用していたこと等の間接事実から、被告人が右約二〇名の赤ヘルメット集団の一員であることが認められるのにかかわらず、原判決がこれを認めるに足りる証拠がないと判断したのは、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものである、と主張しているので、考究してみるのに、前示各証拠に徴すると、被告人は右約二〇名の赤ヘルメット集団が前示の如くいつせいに火炎びんを投てきした直後その投てき場所の近くから逃走を企てたことや、当時被告人が右集団の者と同じ赤ヘルメットを着用している等の服装をしていたこと等に照らすと、被告人が右約二〇名の赤ヘルメット集団の一員ではないかとの嫌疑は、必ずしも否定し難い点も存するけれども、しかし被告人が逃走を企てて岡田光夫巡査に逮捕された場所は、右約二〇名の赤ヘルメット集団によつていつせいに火炎びんが投てきされた場所より若干東側に寄つた地点であり、またその時点は右火炎びんのいつせい投てきとこれにつづく右約二〇名の者の逃走より僅かながら遅れていることが認められること、それに被告人が火炎びんを投てきしたと断定し得ないことは前記説示のとおりであり、また右約二〇名の赤ヘルメット集団の者が投てきした火炎びんは爆竹つきのものであることは認められるものの、前記説示の如く被告人が爆竹を所持していたとの点は、これを肯認し得る証拠がないと判定すべきものであること、そして前示各証拠等原審で取調べた全証拠によるも、被告人が右約二〇名の者の一員として集合し、これに加わつて行動をともにしたことを直接認めるに足りる証拠は全く存在せず、かつ右約二〇名の赤ヘルメット集団の火炎びんの投てきが始まる直前に同公園南側道路の北側歩道上を進行していた右約二〇名の赤ヘルメット集団には、その後方を旗竿を立てた約二〇〇名の赤ヘルメット集団が後続していたことが明らかであり、被告人が逮捕された付近の同公園南出入口付近道路上には、右約二〇名の赤ヘルメット集団のみが進出していたとは断定できないこと等を勘案すると、右地点で逮捕された被告人が、右約二〇名の赤ヘルメット集団以外の者であつて同公園南側歩道上に居合せたものであると考えられる余地も十分に存在し、被告人が右約二〇名の赤ヘルメット集団の一員であつたということは、未だ首肯し難いものといわざるを得ないので、右主張も採用できない。

よつて、結局被告人が、右約二〇名の赤ヘルメット集団の者とともに、共同加害の意思を持つて火炎びんを準備して集合したとの事実(本件公訴事実第一の兇器準備集合の事実)も、右約二〇名の者と共謀のうえ、車両等を損傷するおそれのある火炎びんを道路上に投てきして道路を壅塞し、かつ威力を示して車両運転者の業務を妨害したとの事実(本件公訴事実第二の道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害の事実)も、いずれもこれを認めるに足りる十分な証拠がなく、本件各公訴事実については、いずれも犯罪の証明がないことに帰するものというべきであるから、これと同旨の判断をしている原判決には、所論の如き事実誤認の違法は存しない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(戸田勝 萩原寿雄 梨岡輝彦)

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